宇宙のことが心配です

好きに色んなことを書きます。日記が中心です。本、映画、漫画、アニメなどで暇を潰す事が多いので、その手の感想も書くかもしれません。

調書

ルクレジオの処女作、調書を読んだ。

作者の作品について調べたところ、初期のものから段々テーマが変わってゆき、後期ではだいぶ違うものになっているようだ。今回読んだ調書という作品は、難解で理解があまりできなかったので、今度は後期の作品に手を出そうかと思う。文章も読みやすくなっているらしいので。

よくわからなかったとはいえ、不思議と読むことができた。というのも、途中何度か意味がわからなくなり挫折しかけたのだが、そこは精読することで、半信半疑のような状態ながらも、何とか乗り越えられた。分からない中にで、たまに、理解できそうな一説に出会うと、それを起点としてまた読もうという気になる。そんな風にして、読み進めることができた。また、この作者は一体何が言いたいんだろうかという疑問も手伝って、読んでいけた。それに、文章が、当たり前だが、上手いので、読んで行けるというのもある。

結局、本当にまるで意味が分からないのは最後の方だけだった。最後が意味わからないので、煮え切らない嫌な気分で読み終えた。この小説はタイトルに調書とあるように、アダムという特異な男の生態を淡々と述べてゆくという形で進行する。

この男のおかしな行動はほとんどユーモラスで、こんな人間が存在するとは思えないほどである。でも、彼が何か強い目的を持って、行動していることは、読んでいるうちにわかる。この辺りあまり理解できてるとはいえないが、彼の行動理由は全く理解できないわけでもない。生きてることのどうしようもない苦しみから逃れたいというのは理解できる。そこから、積極的に何か陶酔を得るために行動しようとするのは、彼の個性だと思うが。

彼は最後に取り調べを受ける。精神病ではないかと診断にかけられる。研修生たちの練習相手に選ばれるというのは、なんとも悲しい。結局、彼は精神病だったのかどうか、それはよく分からない。小説でもそれは謎のままになっている。頭のいい唯の狂人か、それとも本当に天才で、救世主的な存在かもしれない。そう思わせてくれるところが、この小説で1番、面白かったところ。このアダムという人間が死んでしまったら、何か酷く貴重な個性を無くしたかのように思えてしまうかもしれない。もちろん、こんな人間、いるとは思えないのだが。