映画「桜桃の味」をみた
傑作だと思う。
たぶん、今年の映画の中でベスト10に入る。
あらすじはシンプル。
自殺を考えている男が、それを手伝ってくれる人間を探して、金で雇おうとする話。
男は、車であたりを走り回り、道行く人に声をかける。
「明日の朝、穴の中に寝ているわたしに声をかけて、もし返事が無かったら、土をかけて穴を埋めてくれ」
何人かの人と対話をし、そのセリフは何気ない自然なものだが、様々なものが読み取れる。かなり練られた会話だと思う。
また、何気ない出来事もいろいろ起こるが、それも考えようによっては、しっかりと意味を持って立ち上がってくる。
老人が男に自殺を止めるように説得する場面がある。
その中で、タイトルにある「桜桃の味」という言葉が出てくる。
この場面は感動を誘うものでもあるのだが、それと同時に、結局のところ、老人の言葉が男に届いていないという絶望感が、自然と伝わってくる。
このあたりの、特に直接的な表現はしていないにもかかわらず、観客に感じさせる力がすごいと思った。
最後のシーンについては、やはり色々と思うことがある。
一見、これには何の意味があるのか分からない。
「ホーリーマウンテン」という映画があって、そのラストにもこんな展開があった気がするが、たぶんその意図は全然違うだろう。
この映画のラストは「ホーリーマウンテン」よりもさらに意味深だ。
「ホーリーマウンテン」では、しっかりと主張がされているが、この映画ではそれすらない。
見方によっては、まるでNG集のようなサービス精神によるものと捉えることもできる。
しかし、まあ、色々と解釈はあるはずだが、僕が思うのは、このラストは、この映画が自殺ほう助と言うテーマを扱っていることにより、意味を持ち始めるのではないかというものだ。
この映画のラストを見た人間はきっと誰もが、ラストの解釈について考えるはずだ。
そしてある種の人間は、解釈について悩み、答えが無いことに苦しむかもしれない。
しかし、その姿は、まるで男が人生について苦悩しているようではないだろうか。
つまり、観客は、ラストについてあれこれと考えるうちに、男の苦悩を体験してしまうのではないだろうか。
そう考えると、ラストには意味がでてくる。
しかし、さらに面白いのは、このラストは、観客に制作場面を見せることで、「こんなのは所詮映画ですよ」という主張をしているようにもとれるといことだ。
つまり、それは、「そんなに考えても仕方ないですよ」と言っているようにもとれ、自殺を冷めた態度で見つめることにもつながる。
こんな感じで、観客にあれこれ考えさせておきながら、反対に考えるなと言っているような、そんな二重の意味が込められていると解釈すると面白い。